友好都市提携15周年!!

 秋雨前線の影響を受けて9月1日は朝から雷雨の沼津でした。正午、沼津市役所から出迎え用のバスで成田空港に向かった時も、雷こそおさまったものの雨脚はまだまだ激しいものでした。今日は中国湖南省岳陽市友好訪問団一行13名が来日する日です。
 沼津市と中国湖南省岳陽市が友好都市を締結したのは15年前の昭和60年(1985年)4月5日のことです。この15年間、様々な交流を続けてきましたが、今回は、15周年を記念して友好訪問団11名と医師研修生2名が来日することとなりました。
 成田空港に到着した時には、心配していた雨もすっかりあがりました。


 到着出口からダークスーツに身を包んだ長身の男性と数人の人々が出てきました。その中に見慣れたお顔が二人、福地さんと通訳の王さん。1年ぶりの握手を交わして、紹介されたのは長身の新任の市長さんでした。長旅のお疲れも見せず、早速バスに乗り込み一路沼津へ向かいました。途中で夕食をとり沼津のホテルに到着した時には夜の11時になっておりました。

  翌日の土曜日には睡眠不足をも厭わず、早々に沼津市内の視察です。御用邸記念公園では、お抹茶の初体験。緋毛氈の上に窮屈そうに座り、みようみまねでお抹茶を味わっていました。昨日の雷雨とは打って変わって夏が戻ってきたような蒸し暑い日で、スーツにネクタイ姿、その上おそらく人生初めての正座に冷や汗をかいた団員もいらっしゃったようです。

◆御用邸でお抹茶の初体験◆

  ささやかな日本文化体験の後は、昨年ご逝去された元沼津市長の庄司先生のお宅を訪問し、ご焼香と献花をいたしました。庄司先生は友好都市締結当時の市長で、在任中はもちろん退職されてからも友好都市交流にご尽力されました。団員一人一人が、日本式のご焼香で遺影に向かって合掌され、奥様、お嬢様と在りし日の庄司先生を懐かしみ、15年の友好都市交流の足跡を辿りました。
 商業施設の視察では、岳陽市長は商店街の建築様式に興味を示され、是非、岳陽市にもこの様な商店街を作りたいと熱心に見学されました。

 その晩、琴の演奏で始まった歓迎会では市長、議長をはじめとする沼津市の関係者、沼津国際交流協会の会員等80名余りが出席し、友好訪問団一行と一緒に中国語の歌を歌うなど、時の経つのも忘れるほど盛大に行われました。

◆ブケ東海で開催された歓迎会◆

 3日の日曜日には会員有志20数名とともに、大瀬崎と箱根の視察です。晴天に恵まれ駿河湾から望む富士山も格別です。夏休みも終わって浜辺は静かなものと誰しもが思っていたのですが、あにはからんや、浜辺一杯、ウエットスーツに身を包んだダイバーで埋まっています。岳陽市には海がないため、潮風と夏の名残の日差しを受けて輝く海を心ゆくまで楽しんでいました。
 海をあとに一路箱根山へ、芦ノ湖での遊覧船。岳陽市の洞庭湖とは又違った遊覧船のひと時だったのではないでしょうか。大涌谷では、あの硫黄の臭いに閉口して上まで登る事が出来ない団員もいましたが、1個食べると7年寿命が延びると説明した黒卵は皆喜んで食べていました。バスの中では昨晩歌い足りていないのか、中国の歌オンパレードでした。皆さんマイクが大好きのようでした。 

◆箱根・芦ノ湖畔にて◆                    ◆箱根・大涌谷にて◆



 4日、月曜日午前中、沼津市役所を訪れた一行は、市長、市議会議長を表敬訪問しました。すでに歓迎会の席で親しく懇談をしていることもあり、なごやかな雰囲気のうちに進みました。
その後2人の医師研修生が1ヶ月間研修をする沼津市立病院を訪問し、研修生から決意や抱負が熱く述べられました。

◆市長表敬訪問◆



 午後は中国からの研修生を受け入れている鯵の干物加工工場や、ごみ処理場の視察です。沼津のごみ分別についてはある程度予備知識をもっていたようですが、実際に缶やビンが仕分けられているのを見ての感想は、『很好!』(ヘンハオ)(すばらしい!)でした。

        ◆熱心に「沼津クリーンセンター」を視察する訪問団◆




 3泊4日の沼津滞在は瞬く間に過ぎ去り、4日の晩はもう送別会。和太鼓の演奏、よさこい沼津踊りと賑やかなうちに宴は終了。余韻なかなかさめやまず、名残を惜しんで記念撮影する面々、いつまでも会場を去ろうとしない皆さん・・・・・



◆太鼓の演奏に挑戦する両市長◆                    ◆会場狭しとばかりに・・・・◆


 翌5日の朝、沼津を出発した岳陽市友好訪問団一行は横浜、東京へ向かい、その後、滋賀、京都、大阪を視察し、9月9日大阪から中国に無事帰国されました。